1970年代の終わりから、1980年代。
団塊ジュニアが子どもだった頃、娯楽には「住所」があった。
東京で見られるもの。地方では見られないもの。
雑誌には載っている。でも、近所では売っていないもの。
存在は知っている。でも、そこまで行かなければ体験できないもの。
情報は届く。
でも、体験には届かない。
いま振り返ると、そんな時代だった。
雑誌の向こう側に、東京があった
雑誌を開けば、そこには自分たちの町にはないものがたくさん載っていた。
東京の店。新しい服。レコードショップ。ライブハウス。映画館。原宿、渋谷、新宿、六本木。
名前は知っている。写真も見たことがある。でも、それは日常生活の中には存在しなかった。
地方に住む子どもにとって東京は、単なる大都市ではなく、文化の上流にある場所として見えやすかった。
欲しいレコードが地元の店にない。見たい映画が近所では上映されていない。好きなミュージシャンのライブは東京か大阪。雑誌で見つけた服を欲しいと思っても、近所では見つからない。
テレビも全国一律ではなかった。
「昨日のあの番組見た?」と言われても、そもそも自分の住む地域では放送されていない。そんな経験を持つ人も少なくないだろう。
現在のテレビ東京系列TXNは6局で構成され、全国世帯の約7割をカバーしている。系列局の設立はテレビ大阪1981年、テレビ愛知1982年、テレビせとうち1984年、テレビ北海道1988年、TVQ九州放送1990年。団塊ジュニアの少年期から青春期は、ネットワーク自体が広がっている途中だった。[1]
「住んでいる場所によって見られるテレビが違う」。
これは単なる懐かしい記憶ではない。当時から続く、放送エリアというメディア構造の問題でもあった。
「見たい映画」が、近所に来ない
映画にも住所があった。
日本の映画スクリーン数は1980年の2,364から、1985年2,137、1989年1,912へ減少した。[2]
1971〜74年生まれの団塊ジュニアが15〜18歳になる頃、日本の映画スクリーンはむしろ縮小局面にあった。
現在とは環境が違う。2025年末の全国スクリーン数は3,697。そのうち3,305がシネコンのスクリーンである。[3]
もちろん、スクリーン数だけで都市と地方の格差や、個々の作品の公開時期を証明することはできない。ここで言えるのは、今日の映画アクセスを支えるシネコン中心の環境は、団塊ジュニアの少年期にはまだ成立していなかった、ということだ。
そして、レンタル屋がやってきた
ところが1980年代、「住所」の力が少しずつ弱くなり始める。
象徴的なのがレコード・CDレンタルだった。
日本レコード協会の資料によれば、レコード・CDレンタル店は1980年末の34店から、1985年2,393店、1987年3,800店、1988年5,097店、1989年末には6,213店へ急増した。[4]
1989年。団塊ジュニアは15〜18歳だった。
つまり青春時代のど真ん中で、「買わなければ聴けなかった音楽」が、「借りて聴ける音楽」へ変わっていく時代を経験している。
店で借りる。家に帰る。カセットテープに録音する。曲名を手書きする。自分だけのテープをつくる。
いま考えれば、ひどく手間がかかる。それでも当時、それはアクセスの革命だった。
ただし、レンタル店の増加だけで「都市と地方の音楽格差が解消した」とは言えない。品揃えや出店地域には差があったはずであり、本稿では「コンテンツへのアクセス手段が全国的に急拡大した」ことを示す指標として扱う。
「住所」が少しずつ壊れていった
その後も変化は続いた。
レンタルビデオ。衛星放送。通信販売。パソコン通信。インターネット。EC。YouTube。スマートフォン。SNS。そして動画・音楽配信。
一つずつ、「そこへ行かなければ手に入らない」という制約を弱めていった。
Netflixは2015年9月に日本でサービスを開始し、2024年上半期には国内登録世帯数が1,000万世帯を突破した。[5]
買い物も変わった。経済産業省によれば、2024年の国内BtoC-EC市場は26.1兆円。「書籍、映像・音楽ソフト」のEC化率は56.45%だった。[6]
1985年なら、「地元の店にない」はかなり決定的な言葉だった。
2026年には、その意味は大きく違う。
コンテンツから「住所」が消えていった
東京に住む人も、北海道に住む人も、九州に住む人も、同じ配信作品や音楽にアクセスできる。SNSを通じて海外のカルチャーをほぼ同時に知り、近所にない商品をECで探せる。
もちろん、所得、通信環境、サービス提供地域、デジタルリテラシーなどによる格差は残る。ライブ、舞台、美術館、スポーツ、イベントなど、物理的な場所へ行かなければ得られないエンターテインメントも多い。
だから「地方と都会のエンタメ格差がなくなった」とは言わない。
本稿が確認できる変化は、より限定的だ。
コンテンツや商品の一部にアクセスするための地理的制約は、団塊ジュニアの子ども時代と比べて大きく弱まった。
そして、ここからが本題である。
テクノロジーは距離を変えた。
でも、私たちの「距離感」は変わっただろうか。
団塊ジュニアは、少し特殊な位置にいる世代なのかもしれない。
子どもの頃には娯楽に住所があった。青年期にレンタルが広がった。社会人になってインターネットが来た。30代、40代でECやSNSが日常になった。そして50代になったいま、スマートフォン一台で世界中のコンテンツに触れている。
「距離があった世界」と「距離が弱くなった世界」の両方を知っている。
しかし、テクノロジーによって現実の距離感が変わったからといって、私たちの頭の中にある地図まで同じ速度で更新されたとは限らない。
「面白いものは、都会にある」
新しいものは東京からやってくる。面白い店は東京にある。ライブを見たければ大都市へ行く。専門的なものが欲しければ大きな町へ行く。
やがて、それは娯楽だけの話ではなくなる。
大学へ行く。仕事を探す。キャリアをつくる。チャンスを探す。
より多くの選択肢を求めるなら、地方から都会へ。
長い間、日本で強かった矢印の一つだ。
HYPOTHESIS
団塊ジュニアの一部には、子ども時代から形成された「面白いもの・新しいもの・仕事・機会は中心にある」という地理感覚が、現在も残っているのではないか。
これは確認済みのFACTではない。また、すべての団塊ジュニアに当てはまるとも考えない。
DANKAI JR. INSTITUTEが、本人へのインタビューやアンケートを通じて今後検証したい問いである。
言い換えれば、
現実の地図は変わったのに、頭の中の地図がまだ1980年代のままなのではないか。
これは確認済みの事実ではなく、今後検証する仮説です。
人の流れまで、一方向である必要はない
国土交通省が2025年に公表した調査では、移住でも観光でも単なる帰省でもなく、特定地域と継続的に関わる「関係人口」は全国で約2,263万人、18歳以上人口の約22%と推計された。[7]
訪問系の流動では、「その他地域→その他地域」が約763万人で最も多く、「首都圏都市部→その他地域」も約293万人と推計されている。[7]
このデータだけで「日本の人口移動が双方向化した」と断定することはできない。これは人口移動統計ではなく、関係人口の推計だからだ。
それでも、居住地を変えなくても、生活圏の外にある地域と継続的な関係を持つ人が相当数存在することは確認できる。
人と場所の関係は、移住か観光か、地方から東京へ行くか、という二択だけでは捉えにくくなっている。
都会から地方へ。地方から地方へ。そして、都会と地方を行ったり来たりする。
旅行する。ライブへ行く。食べに行く。友人に会う。仕事をする。副業をする。月に一度通う。二つの町に居場所を持つ。
移住しなくても、別の場所と関係を持つことはできる。
コンテンツ格差は縮んだ。
だから、「場所」の価値が変わった。
かつて場所には、そこでしか手に入らないものがあった。
レコード。映画。服。番組。情報。
それが人を都市へ引き寄せる力の一つだった。
ところが、多くのコンテンツがポケットの中へ入った。
すると逆説的に、デジタルでは代替しにくいものが目立ってくる。
人。関係。空気。偶然。仕事。コミュニティ。自分を知っている誰か。
画面の中では同じ作品を見ることができる。
でも、
「その町に、自分の名前を知っている人がいる」
という経験は配信できない。
ここから、DANKAI JR. INSTITUTEは一つの仮説を置く。
地域がこれから競うべきなのは、「東京にもあるもの」を増やすことだけではないのではないか。
そこへ行かなければ起きないことを増やす。
それが、コンテンツから住所が消えつつある時代の「場所」の価値なのかもしれない。
私たちの頭の中の地図を書き換える
昔、面白いものは都会にあった。
いま、面白いものの多くはポケットの中にある。
それでも人は旅をする。ライブへ行く。知らない店へ行く。誰かに会いに行く。そして、ときには仕事をしに行く。
団塊ジュニアが子どもだった頃、
地方 → 都会
は、選択肢を増やすための強い矢印だった。
でもこれからは、
都会 → 地方
でもいい。
地方 → 地方
でもいい。
そして、
都会 ⇄ 地方
でもいい。
人生の目的地は、一方向でなくていい。
住む場所も、働く場所も、所属する場所も、一つでなくていいのかもしれない。
テクノロジーは、すでに距離を変えた。
次に変わるのは、
私たちの頭の中にある地図なのかもしれない。
Sources / Evidence Notes
[1] テレビ東京「TXN系列局」「TXN世帯数」。TXNは6局、全国世帯の約7割をカバー。系列各局の設立年は公式会社情報に基づく。
https://www.tv-tokyo.co.jp/kaisha/company/network.html (外部資料・新しいタブ)
https://www.tv-tokyo.co.jp/kaisha/media/area.html (外部資料・新しいタブ)
[2] 一般社団法人 日本映画製作者連盟「過去データ一覧」。1980年2,364、1985年2,137、1989年1,912スクリーン。
[3] 一般社団法人 日本映画製作者連盟「全国スクリーン数」。2025年12月末:3,697、うちシネコン3,305。
[4] 一般社団法人 日本レコード協会「日本のレコード産業2022」レコード・CDレンタル店数推移。各年末時点。1980年34、1985年2,393、1989年6,213。
[5] Netflix公式「Netflix、日本で10周年を迎えアニバーサリーセレブレーションを渋谷で開催!」(2025年8月17日)。2015年9月に日本サービス開始。2024年上半期に国内登録世帯数1,000万世帯突破。
https://about.netflix.com/ja/news/netflix-10th-anniversary-japan (外部資料・新しいタブ)
[6] 経済産業省「令和6年度電子商取引に関する市場調査」2025年8月26日公表。2024年BtoC-EC 26.1兆円、「書籍、映像・音楽ソフト」EC化率56.45%。
https://www.meti.go.jp/press/2025/08/20250826005/20250826005.html (外部資料・新しいタブ)
[7] 国土交通省「全国の『関係人口』は18歳以上の2割強!」2025年6月27日公表。令和5年度調査時点の推計:約2,263万人(約22%)、訪問系の「その他地域→その他地域」約763万人、「首都圏都市部→その他地域」約293万人。
https://www.mlit.go.jp/report/press/kokudoseisaku09_hh_000166.html (外部資料・新しいタブ)
Editorial note
本稿は「昔は地方に娯楽がなかった」と主張するものではない。地方固有の遊びや文化の価値ではなく、商業エンターテインメントや情報への地理的アクセス制約がどう変化したかを扱う。また、「団塊ジュニアの頭の中に地方→都会という地図が残っている」という部分は確認済みの事実ではなく、DANKAI JR. INSTITUTEが今後検証すべき仮説として明示する。
Methodology / Limitations
- 本稿は1971〜1974年生まれを「団塊ジュニア」として扱う。
- 「あるある」部分は世代経験を想起させる導入であり、全員の経験を代表する統計的事実ではない。
- テレビの系列局・映画スクリーン・レンタル店数は、地理的アクセス環境を示す補助指標であり、都市・地方格差そのものを直接測定した統計ではない。
- 「コンテンツから住所が消えた」は比喩表現。実際には所得、通信、権利、サービス地域、リアルイベント等の地理的・経済的制約が残る。
- 関係人口は人口移動統計ではない。「人の流れが双方向化した」ことの直接証明には使用しない。
- 「団塊ジュニアの頭の中に地方→都会という地図が残っている」はHYPOTHESIS。今後、インタビュー・アンケートで検証する。
PROJECT 001
SECOND BASE
DANKAI JR. INSTITUTEでは、この仮説を考えるだけではなく、実際に試してみたい。
都市で働く50代が、会社とは別に、別の町の仕事や人と関わる。
移住するのではない。会社を辞めるのでもない。いまの生活を捨てるのでもない。
人生の地図に、もう一つ目的地を増やす。
SECOND BASEは、その可能性を試すプロジェクトである。
50代から、もう一つの仕事。もう一つの町。
そして、
もう一つ、自分を必要としてくれる場所へ。